無名園吟行


 大鰐例会吟行のコース選定はご老体の方々
に伺い、案が出るとそれに賛成して出発する
のが例でありますが、今回は簡単に纏まらな
い。八月十五日正午句会場の先生の裏二階は
案外風も入り涼しいが、一歩外へ出ると炎天
下であり一同臆するのも無理がない。そこへ
万吟子氏から出された案が面白い。「涼しい
処を選りつゝ行き行きつく処が何処になると
も異議なし」ということでこれに纏まった。

 早速外へ出たが大変な暑さである。少しで
も涼しい方向へという訳であるから、大川沿
いに土手を行き下流の橋を渡って、大阪に居
られる牛耳氏の生家裏をグランドの坂道へと

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コースが続くがとても暑い。しかし途中凌宵

花が目立つ葡萄棚の下の鶏舎、さいかちの大
枝に板を敷いて造った涼台と句材は豊富であ
った。
 まもなく中程に居られた先生が急に歩調を
早められ、坂道の途中から右へと、一見別荘
風の邸へ入り案内を乞うた。 一行が着いた
時には主人が鄭重に先生をお迎えして居られ
た。これが一旬前に東奥日報紙上で県内名園
巡りに紹介された、無名園であることが判っ
た。
 大正の頃に株で当てた成金があり、当時宝
石をを蒐集したなど、この庭園はその頃に造
られたもので、自然の地形に大きな構想でし
かも立体造園ともいうべき技術を活かしたも
のである。

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 殆ど陽の通らない濃い緑の下の池の、歯朶

の茂みからほとばしる岩清水が静寂を破って
響き、真上の池には緋鯉のみが二三十尾、女
王に侍女が侍るが如く静かに遊泳して居て、
この水鏡に木洩日が明暗模様を投影して誠に
美しい眺めであり、水口には清水が湧いて岩
魚棲んでいる。やがて大小の配石の間を縫う
て幾曲り、すずこ竹の涼しい径を登り尽きる
処に浜砂の広場があり竹林の中に入るとまこ
とに涼しい。更に石灯籠の横から折れて又登
ると、此処は松竹山萩が自生している高い展
望台なっていて、自然の平石をベンチに配置
してあり座っていると冷えた感触が爽やかで
あり昼の虫も啼く静けさであった。遙かにス
キー場のリフトの鉄線が青い山腹に一線を曳
いて見える。目を転ずると岩木山の遠景など

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素晴らしい眺望であった。

 やがて辞去する先生をお見送りくださる園
主に、一行も心から謝意を表して帰途につい
た。行くよりも強い灼熱の道であった。

青葡萄に隣れる凌宵花かな   手古奈
今落ちしのうぜんの花吹かれをり   
木洩日に浮かぶ緋鯉の鮮やかに    
大いなる朴の実見えてここ涼し    
のうぜんの盛りの花に蜂往来     
牛耳生家のくるみ大樹や涼蝉し    
鳴きやみし蝉に鳴き澄む蝉のあり 万吟子

おのづから緑陰深く入りけり     
秋暑き日のさんさんとバラ黄なり   
さいかちの目立たぬ花の咲いており  

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腰かけて眠たくなりぬ木下闇   里庵

俳友の友七賢人か竹の秋       
涼蔭を求めて土手を吟行す    桂城
竹林に入りて涼しと句にふける    
病葉の少しこぼれて園の径    浩洋
葡萄棚日陰となして鶏も飼ひ     
緋鯉だけ放って池の涼しさよ     
川ぶちの樹の枝かけし涼み台     
数本の竹林にして風涼し     文朗
鯉のいる池を見下ろす木の間哉    
竹林に仰ぎて夏の日うすし      
病葉の浮べるままの池なれど   静良
冷し牛一瞬も尾を振りやめず     
緑陰や遠きハッパのこだまして    
列なして泳ぐ緋鯉の池涼し    政行
萩咲いてあじゃら間近に良き処    



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朴の実の青く大きく吹きゆれて  木堂

配されし石のベンチや萩の花     
この句座に蝉も瀬音もほしいまま   
下の池いよいよ緑陰濃くなりて    
板敷いて涼みやぐらが木の上に  

 
 
        昭和三十三年  


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