蔵開き句会


 蔵開き及び農村吟行句会が二月号に発表さ
れて、いよいよ当日二月二十九日となる。
 京都伏見大社初午祭りにお参りして、まだ
お疲れもある筈の手古奈先生が定刻よりも二
時間も早い十一時の電車でお出で下され、青
森からは遙々急行列車で三良先生、多太子氏
がお揃いでご参加になり、編集所の方々が来
る。その中に初対面の女の人も加わり、「十
和田」の老巧、万吟子、一石氏と続々集まり
総勢二十三名となった。
 なにしろおいそれとご案内申し上げる所も
なく、南北朝時代の古蹟である堂ガ平金光寺
跡も、この冬分では車も通らず、又無形文化
財の獅子舞も冬眠中にてお目にかけられぬと

戻る ( 短 文 ) 次へ







いう状態で、歓迎に窮するしまつでした。

 農村風景吟行とはいうものの村外れの神社
まで行って帰るぐらいではほんとうに味気な
いものと思われて、つい来客の顔色をそれと
なく拝察してみたが、それがどうも見当ちが
いのようで、何かもの珍しい様子であります
。徳川時代、殿様のお上りに沿うて出来た村
落で、その頃大沢焼の釜のあった所で村自体
も昔のままの区割りで存在しており、二百年
からの屋敷に今も変わることなく、そのまま
の子孫が住まいしておるなどが、自然と今日
の人々の心に映ってなんとなく異様に感じら
れているのかも知れない。
 折りよく雪晴れに恵まれて椿、さかき、籬
が美しく雪を被て早春の影をひき、椋鳥やか
すけが遠慮なく啼きつゝ飛び交うている。

前へ ( 短 文 ) 次へ







 毛皮を着た村の男衆、凧あげの子供らが車

もさほど通らない村中の道路をおっぴらに走
って行くなどが、それとなく安らぎを感じさ
せているのかも知れない。行きつけの神社の
森に、折しもおびたゞしい雪しずれが起こっ
ており、野趣この上なく二時間ちかい吟行さ
れた事はなによりであります。句会となり、


 雪を被て苔の多き椿かな 手古奈

 山重も山秀も蔵開きかな  三良

 やがて夕方近く、蔵開お膳が家内の手にて
大黒柱の神前へ供えられ、浩洋氏が祭りを執
り行われる。

前へ ( 短 文 ) 次へ







 今ではこのような行事もだんだん廃れ、農

村のいちばんにぎやかな旧正月十六日の行事
もなくなったが、これも稲作のあり方が変わ
ったからであろう。もと稲作は土用を目途に
、苗代、田打ち、夏土用まで三番除草を終え
るのですが、今では全く違うのです。
 今日は昔のままに蔵開を行い、あと祝い酒
が出る。賑やかに二次会となり、刻のたつの
も忘れ午後七時頃になってようやく終わり、
こもごもに別れの挨拶をして散会となりまし
た。
 まもなく電車の発車ベルが遠く静かにあと
始末の座敷に響いてくる。なんとなく安堵の
ようなものを、地元の私たちに覚えさせるの
である。


前へ ( 短 文 ) 次へ







 手古奈先生作句並に選句


早春の雪を担げる椿かな
雪を被てつぼみ多き椿かな
つづけ鳴く懸巣の声や深雪晴
椋鳥の群飛びゆるがせし梢かな
雪しずれをりをり仰ぎ登りゆく
さくら釜かけてある炉やなつかしく
この村は家毎蔵あり蔵開き
かんじきの紐締めなほし締めなほし
   *  *  *
山重も山秀も蔵開きかな     三良
高きより雪落ちて来て煙りをり  耕雲
剪定の枝ちらばれる深雪かな   紅一
この炉辺に松皮餅のこと聞きし  三良
しんしんと冷ゆるばかりや蔵開き   



前へ ( 短 文 ) 次へ







りんごの香あふれ流るる蔵開き  文朗

蔵多き村なり雪の豊かなり      
雪しずれしきりに木洩れ日折々に 照代
餅白くあめ白く今日蔵開き    紅一
林檎倉籾倉の順蔵開き      静良
寒餅を吊るしてありし米の蔵  みさ子
大椿雪かつぎつつ雪しずく    照代
蔵までの雪かきてあり蔵開き   恵子
名も知らぬ小鳥冬木に群れていし みどり

蔵開きりんごの香りに一ぱいに  紅一
雪のせてさわらも松も美しき  乃里子
数本のからまつ大樹雪しづれ   文朗
ふたもとの椿のつぼみゆたかなり さか女

雀来て鳩と遊べり蔵開き     一石


前へ ( 短 文 ) 次へ







雪道のやや高まれる真中かな  多太子

雪のせて椿莟芽まだ固く    乃里子
あんこうを軒端につりて雪の村  新緑
春めける風吹き抜けし蔵開き   紅一
蔵開き籾の香りと教へられ    浩洋
昼の月淡々とあり蔵開き     照代

 
 三良先生作句並に選句

すたれ行くもの蔵開きその他かな  
しんしんと冷ゆるばかりや蔵開き
雪の木々賑やかなりしところかな
神杉のかたみに雪のしずれつつ
上炉より下炉が少し賑やかに
山重も山秀も蔵開きかな



前へ ( 短 文 ) 次へ







この炉辺に松皮餅のこと聞きし

蔵開きとは今日のこと深雪晴
   *  *  *
音たてて外す施錠や蔵開き    静良
高きより雪落ちて来て煙りをり  耕雲
蔵多き村なり雪の豊かなり    文朗
林檎蔵籾蔵の順蔵開き      静良
炉二つに男女と別れつつ    乃里子
雪を被てつぼみの多き椿かな  手古奈
蔵までの雪掻いであり蔵開き   恵子
雪のせてさわらも松も美しき  万里子
雪しづれ流るる時の日ざしかな  紅一
真向に岩木嶺晴るる蔵開き    文朗
二棹の菰に収まる寒の餅    乃里子
蔵開き籾の香りと教へられ    浩洋




前へ ( 短 文 ) 次へ







 同二次会         小田桐耕雲


 早春とは云ふものの、みちのくの果ての一
寒村では俳句の素材等仲々見当たらないので
はないかと自分乍らに心配していたのですが
一次句会の選句を見ると立派な句が多く出句
されていたのには感服の至りであった。
 一次句会を終わって一杯やっていると浩洋
氏のお孫さんが来て、蔵開の仕度が出来たか
らと云ふことでみんなが行ってみることにし
た。昔からの土蔵には照明施設がないのでし
んしんとして真暗である。その中にローソク
が一本灯されて大黒柱の前には膳が二つ添へ
られ一匹の鱒が供へられていた。幽かな燭の
明かりに膳から立つ湯気と、漂っている香り
が印象的であった。束の間の夕映えも消え失

前へ ( 短 文 ) 次へ







せて昼の薄月が光を増して来ていたし、雪道

も凍て返りつつあった。手古奈先生も云はれ
ておりましたが「蔵開きの句が少ないので今
日発表された句は大変佳句が多い」とお誉め
の言葉をいただき私共には有意義な句会であ
った。

 手古奈先生作句並に選句

膳二つ供へてありぬ蔵開き
白々として飴餅や蔵開き
ハナマガリてふ鱒供へ蔵開き
   *  *  *
蔵開きまこと静かに祭りけり   木堂
蔵開き祝いの酒につい酔ひし     
蔵開き塩ざけ供へ農家らし      

前へ ( 短 文 ) 次へ







蔵開き明り窓より夕明り    多々子

蔵開き蔵出でしより月明り      
どぶろくのかめも蔵せり蔵開き  文朗
燭暗き中に二膳や蔵開き       
蔵開き始まるといふ雪の道    三良
くらがりに灯る燭や蔵開き    静良
蔵開きその奥深く燭立てて    紅一
飴餅の古式にのりて蔵開き    咲子
ホ句の宿蔵開きとてもてなされ みどり
酔ひてまた拝す燭火や蔵開き   一石
夜のとばりいよいよ濃ゆき蔵開き 草正
蔵開きローソクの灯ゆらめきて さか女
みちのくに残りてゆかし蔵開き  浩洋
燭消してもとの静けさ蔵開き   恵子
蔵開き供へし膳に湯気立てて  みさ子
燭一つ消して寒し蔵開き    乃里子



前へ ( 短 文 ) 次へ







蔵開き凍て返りたる雪を踏み   耕雲


 三良先生作句並に選句

蔵開き餅といふなるものを見よ
蔵開き始まるといふ雪の道
燭少しまがれるもまた蔵開き
   *  *  *
燭のもとにひとりの炉辺を守りをり 新緑

燭一つ灯して寒し蔵開き    乃里子
蔵開き燭一本を奉る      多々子
神の燭少し傾き蔵開き      照代

        昭和四十二年


前へ ( 短 文 ) 次の文へ